■たわごとですかーっ!!■



▼【デジタルへの対応】 03/12/21

いまや世の中はデジタルである。身近なところで言えば、時計がデジタルなのは今や当たり前だし、先だって、テレビ放送もついにデジタルになった。更に驚いたことに、そろばんだっていつの間にか電卓に替わってしまっている始末だ。
ああ、なんて便利なんだ、電卓。
そんな時代遅れなデジタルは、どうなんだい、おまえさん。
はい、ちょっと反省しています。
一人芝居をしている場合ではない。
なにしろ、ふと廻りを見れば、デジタルに覆い尽くされていることに気付くのである。

こんな、世の中にあって、オレにはどうしても許せないデジタルがある。
他人に取ってみれば、取るに足らないことかも知れない。しかし、オレには誠に重大なデジタルなのだ。そのデジタルとは…
アグネスデジタル。
買うと来ないし、買わねば来る、オレとはめっぽう相性の悪い競走馬であるのだが、いまそんな生身なデジタルの話をしたい分けじゃないよ。

オレが言う、許せないデジタル、それは、車のメーターパネルにある。
パネルの中で明滅する時計がデジタルなのは、まあ許そう。問題は、燃料計である。
燃料と言えば、車を動かすに当たって非常に重要なものであり、それは一般に、ガソリンという名で知られている。ガソリンには2種類あり、安いのはレギュラー、高いのはハイオクである。レギュラー仕様の車にハイオクを入れるのはちょっとばかり、お間抜けな行為であると言えるかも知れないが、いまそんなことを議論している場合ではない。

なにしろ、燃料計がデジタルなのはいけない。最初これを目の当たりにしたとき、オレはもうどうしようかと思うほど動揺した。
10本に並んだ棒状の液晶の光が燃料の量を示すことはオレにだって分かる。
まだ燃料が多いときはいいだろう。これが、次第に少なくなり、残り2本になったあたりから無性に不安感が募り始め、落ち着きがなくなる。さきほどまで気にも止めなかった、液晶の光が気になることと言ったらないのだ。

残り2本になってから、この先の判断が非常に難しくなる。果たしてここからこのガソリンの量で帰れるかどうかの判断である。アナログならば判断はしやすい。燃料計はこと細かく動いてくれる。そのお陰でその先を判断する労力も最小限で済むのである。

その点デジタルはどうだ。たった10本、即ち10段階でしか量を指し示してくれないのだ。したがって、残り2本の判断は難しい。なぜならば、次は1本だからだ。1本はすでに最低ランクであり、1本のその先のことを考えてみれば、それがただごとならない状況に置かれていることに気付くだろう。
1本の先にあるのはゼロ。即ちそれは燃料切れを意味する。
このように2本から、いつ1本の事態に陥るかも知れないのだ。
2本から1本、減るのはたったの1本じゃないかと思うかも知れないが、実のところそれは半分である。
瞬間的に訪れる半分。これほどの恐怖と不安感はないのではないか。
そんな異常事態でこの先の燃費に思いを馳せる。その思いは、この一言で言い表せるだろう。
「いちかばちか」
しかし今のこの状況を正確に言うならば、「一か二か」である。

そんな極限の状況に耐え得るには、やはりデジタルにはデジタル。
人間の思考体系もデジタル化が必要なのかも知れない。
しかし、こんな世の中だからこそ、1足す1は2だと、けっして決めつけてはいけないのだ。

byクムラ〜


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