■たわごとですかーっ!!■



▼03/01/12【左利きのスタイル】

いまここに告白しよう。オレは言っちゃなんだが左利きである。
いわゆるギッチョだ。誰がなんと言おうとギッチョだ。試しに箸を右手に持ってみよう。たかだか2本の細い棒がとてもオレ様に扱えるような代物でなくなってしまっている。
箸を右手に持ち替えるだけで、日本人から白人に急変貌である。白人ならまだいいだろう。まかり間違えて原人に変貌はかなりまずいと思われるため、箸の取り扱いには十分注意が必要であると言える。

さて、いまではすっかりギッチョと言う言葉が使われなくなってしまったが、別にギッチョと言われたところで気にすることもない。
むしろ、ギッチョと言うその響きが、なにやら神々しく聞こえないだろうか。
例えば、ギッチョマン、ギッチョ仮面、探偵ギッチョと例を上げれば切りがないだろう。どれも嫌なものばかりだ。
そもそも、ギッチョってのはなんなんだ。語源が分からないではないか。

日本人の10人に1人は左利きだと言う。
と言うことは、1000万人は左利きと言うことになるが、そんなにギッチョマンがいるのか、この日本に…

聞いたところによると、左利きは右脳が発達しているらしい。しかし自分自身とても右脳が活発に動いているとは思えないし、左脳がボンクラであると言うこともあまり認識できていない。なぜなら、自分の脳の働きぶりはなかなかその目で確認できるものではないからだ。
ふと、ちゃんと働いているのか心配になり、声を掛けてみたりもする今日この頃。
大丈夫なのか? オレの脳。

とにかくオレは左利きなのだ。
左利きだからと言って一体何が違うのだろう。ただ、お尻を掻く手が右から左に替わっているだけではないか。一見何が違うのか分からない。
しかし、露呈する。
左利きはやっぱり違うということが。

それは例えばグローブに見ることができる。
ふいにキャッチボールをやろうと友人が言い出す。そうなるとそこら辺にあるグローブはたいていの場合右利き用である。しかし、いま、キャッチボールをやらねばならない状況にある。だったら、右利き用を使わねばならないだろう。
通常、左手にはめる右利き用のグローブを、無理矢理右手にはめて見る。
確かにはめられないことはない。
しかし、側から見ればかなりおかしな格好になっているのではないか。
なにしろ妙な角度でグローブが腕から出ているのである。
しかし、それがごく普通の左利きのスタイルになってしまっている。
なぜならキャッチボールはふいに訪れ、常にそういう状況に置かれるからだ。

ハサミはどうだろう。ハサミはいけない。
指を突っ込む部分に指がフィットするよう角度が付いているのだが、ここに左手の指をはめて見たまえ。とんがっている部分が親指に当たり痛いのだ。
それでもハサミを使わねばならない状況は訪れる。痛いのを我慢しながらチョキチョキするのである。このチョキチョキはカニさんのチョキチョキとは分けが違う。非常に苦痛かつ試練なチョキチョキであると言えるのだ。オレがいったい何をしたと言うんだ。
しかし、それさえもごく普通のありふれた左利きのスタイルとなっているのだ。

不便なスタイルばかりではない。中には便利なスタイルもある。
それは消しゴムにある。
オレは左利きとは言え、唯一鉛筆を持つ手だけは右手なのである。その点から言うと少々異端児的な左利きと言えるのかも知れない。ハイブリッドギッチョとでも呼んでください。

なにしろ鉛筆は右手、しかし消しゴムは左手。両手を駆使するその姿勢はこれぞまさに二刀流と言えるのではないか。
とにかく字を書いた先から、消しゴムを持つ手を持ち替えることなく消していくことができるのだ。こんな高度な技が他にありましょうか。
書いた先から消してゆく。人に見る間を与えないその隙のなさ。カンニングされる心配も皆無だろう。
それって、どういう意味があるんだ。

意味はない。他人から見ればさして意味のないスタイル、しかし本人に取ってはかなり特別なスタイル。
それがギッチョマンなのだ。
くれぐれもギッチョマンと呼ぶのはやめて下さい。

byクムラ〜


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