■武蔵を語る■
【第43回 武蔵村の危機】 足の傷もすっかり癒えた武蔵は、幸村屋敷の九度山から村へ帰還した。 普通ならば、あれだけの傷を負えば、1ヶ月の入院を要するのではないか。それがどうだ、ものの数日で何事もなかったかのように歩いているではないか。なんて治癒力してるんだ、武蔵ってやつは。 武蔵が帰還し、村の連中はまるで家の主人が帰ってきたかのように大喜びである。いや、武蔵は主人である。いまやここは武蔵村なのである。 しかし、次の瞬間、なぜか皆の顔色が曇った。なんと、元吉が殺されたと言うのだ。 誰だ、それ? 武蔵は又八に持ちかけた。 「今夜はともに飲もう」 幸村から楽しい酒の飲み方を教わったと言い、夜は村を上げての飲み会となった。 皆すっかり、元吉のことなど忘れている。 オレも忘れている。 ある日、村にまた新たな訪問者がやってきた。武蔵を頼ってきたのである。 聞いたところ、浪人どもに襲われ逃げてきたという。 武蔵はいままで、村にやってきた人々を来る者は拒まずと、すべて受け入れてきた。しかし、武蔵の表情がいつもの武蔵と少し違う。苦悶の表情である。どうやらトイレを我慢しているわけでもなさそうだ。 「すまないが、他を当たってくれ」と武蔵。 もう耕すところがないと言うのだ。 予想外の武蔵の言葉に、お通と又八は慌てた。そして、武蔵を責め立てる。 武蔵は言う。 「自分が幸村の元から帰ってきた上に、これ以上村が大きくなれば、豊臣に荷担するのではないかと思われるだろう。これ以上、増やすわけにはいかない」 戦はいつ始まってもおかしくない状況であり、後は家康が戦の口実を探すだけだと言う。なんとしてでも村を守りたい。苦悩する武蔵なのだった。 徳川方はなんとしてでも豊臣に戦を仕掛けたい。しかし、それには口実が必要である。 宗矩は、へたな口実で戦を始めれば、今後の汚点になり、強いては徳川のためにならない。そう本多正信に訴え、反対した。 口実が必要ならば、わたしが考えるとも言う。宗矩は口実に自信があるらしい。 例えば、こんな口実なのではないか。 「おらの屋敷の柿を勝手に食ったのはおまえだろう」とか、 「庭の犬の糞はおまえんとこの犬だろう」とか、挙げ句の果てに、 「おまえの母さん、でーべーそ」 そんなもの、どこが戦の口実になるんだ。 ただの言い掛かりである。 そんな宗矩に対し、本多忠信は言う。 「そんなに自分が先頭に立って戦に出たいのか?思い上がっているのではないか」 そう叱責し、江戸へ戻れとの命令を下した。 柳生屋敷で考え込む宗矩なのだった。 武蔵村では敵からの攻撃に備え、ちゃくちゃくと準備が行われていた。囲いを作っているのである。 そんなとき、村に役人が乗り込んできた。キリシタンがいると言う噂を聞きつけ、捕らえに来たというのだ。 どうやら、豊臣方にキリシタンが荷担する恐れがあるのではないかと言うお達しが出たらしい。 武蔵は言った。 「この人達はなんの関係もない。もし関係のないことが分かればすぐに解放して欲しい。約束してくれなければ…」 と言いかけたとき、又八がその後の武蔵の言葉を制した。いま、ことを起こすべきではないと。 かくして、キリシタンのグループは捕らわれてしまったのだった。 密告したのは中之進ではないか。お通は武蔵に告げた。 それにしても、いつまで中之新をのさばらせておくんだ。人が良いのにもほどがあるだろう。 武蔵村ではさらに防備を固める。みな、やりきったという表情だ。 すると、以前、村への入村を断った連中がまた戻ってきた。結局、どこにも行くところがなかったと言う。流石に今度は許可する武蔵。 亜矢は宗矩に言った。武蔵が幸村の手助けをした。しかも、兵庫之助が追っている又八も村にいると。 宗矩の顔が曇る。そして、宗矩は亜矢に指令を出した。 「武蔵を切れ、今のうちに村を潰すのだ」 そんな命令を下された亜矢のその気持ちを察すれば、複雑なことこの上ないのではないか。対決してみたい対象としての武蔵、そして密かに思いを馳せる対象としての武蔵。この両面の武蔵が亜矢の心の中の葛藤として複雑に入り乱れているのだ。 中之進はお甲に話を持ちかける。朱美の居場所を知っていると言うのだ。そして二人は村を出ていった。 武蔵は又八からその話を聞き、不審に思う。そして、慌てるように二人を追った。 お甲は以前、中之進とどこかで会ったような気がしている。しかしそれがどこだったのかどうしても思い出せないでいた。しかし、二人で歩いているうちに急に思い出したのだ。京の柳生で会ったのだ。そして宗矩と一緒だった。それを中之進に告げた瞬間、お甲を切り付ける中之進。絶体絶命のお甲。 そこへ間一髪、武蔵が助けに入る。 にらみ合う、武蔵と中之進。 武蔵は言う。 「俺はおまえを切りたくない。仮にも一緒に田畑を耕した仲間だ」 一瞬、中之進の顔に迷いが生じたと思われたその瞬間、中之進は武蔵を切ろうと刀に手を掛けた。その刹那、武蔵の剣の一閃が中之新を襲う。 中之進は逝った。 木の陰からひょっこり現れたのは兵庫之助だった。 byクムラ〜 |