■武蔵を語る■


【第41回 又八危うし!】

又八は鉄砲納入先である大野屋敷の女、高音と密会の最中であった。
身なりはたいそう立派になったが、女癖は治らない。
と、その時、兵庫之助が颯爽と部屋に入ってきた。
「おまえが本位田又八か?」
「違う」
身の危険を察した又八は、とっさにそう返事をした。
兵庫之助はもう一度、今度は高音に聞いた。
「こいつが本位田又八か?」
「そうです。」
あっさり言ってしまいました。
又八はこんなバカ女を相手にしていたのである。そんな又八はさらにバカと言うことになる。

「どこで大筒を作らせたのだ?」
兵庫之助の尋問に返事をしない又八。
そして、その場から逃げようと部屋を出るその瞬間、兵庫之助の一太刀が又八の背中を襲った。一巻の終わりなのか、又八。
しかしそこには、のこのこと帰宅する又八の姿があった。
そこで初めて又八は気付く。ばっさりと見事に裂けた自分の着物を…
それを見た瞬間、腰を抜かす又八なのだった。

宗矩は、このところ活況である武蔵の村に対し危惧の念を持っていることを本多忠信に話した。そしてすでに様子は探らせていると言う。あの怪しい青年、相田中之進である。

ふと、夢想権之助が武蔵を訪ねてきた。以前、権之助の母の半ば強制で、いやいや対決した杖術の達人である。
「あのときは、負けてくれてありがとうございます」と丁寧な挨拶。
いまだにあの時、武蔵が負けてくれたものだと思っているのである。まったくもって謙虚な男である。
「いや、負けたのは拙者だ」と武蔵が言い終わるや否や、拙者をここにおいてくれと言う。確かに、この権之助、百姓仕事はプロである。元々杖術よりも寧ろ百姓がやりたくてしょうがなかったのである。杖術は言ってみれば母の夢、けっして自分の夢ではなかった。

さっそく武蔵にアドバイスを始める権之助。まずは肝心の水路だ。水路を点検に回る権之助。それにまとわりつく様に付いて歩く、相田中之進。
なんとも鬱陶しいばかりである。そんな中之進を疑念の目で見る権之助であった。

相変わらず武蔵の村には人が集まってくる。
ある日、女だけのグループが村にやってきた。
女だけ、つまり女だらけである。
女だらけと言って思い付くことと言えば、女だらけの水泳大会ではないか。しかし、そんなハッピーなことを期待してはいけない。
彼女らの表情や身なりを見れば、とても、水着など着てはしゃぐようには見えないのだ。もんぺで水泳大会は少々酷なのである。当たり前だけど。

それでも、相変わらず、来る者は拒まずの武蔵。
そのうち、猿や犬、そしてキジなど来てしまうのも時間の問題ではないか。それじゃまるで桃太郎である。しかし桃太郎は時代劇違いなので、ほどほどにしなければならないだろう。何を言ってるんだ、オレは…
そんな武蔵に中之進は忠告する。彼女らはキリシタンではないか、絶対に入れるべきではないと言うのだ。
しかし、武蔵は来る者は拒まずと一向に意に介さない。

又八の顔が浮かない。朱美が姿を消したのだ。
悩む、又八。
そんな又八の身を宗矩の刺客が狙う。気配がすると、身を隠す。近頃の又八はそんな多忙な毎日なのだった。

中之進は、村に来た女たちから何やらモノを盗む。それをお通に見せた。それがキリシタンの証拠の品だと言うのだ。しかし、お通は相手にしない。
「疫病神はあなたかも知れない」と一言呟くお通。

お通は、その女たちの部屋に入り、正座し、話し始めた。
「これを誰かが盗んだものがいます」
差し出した品は中之進が彼女らから盗んだキリシタンの証拠の品である。
その品を見せたとたん、いきなり怯える女達。その怯え方はちょっとどうかと思うほど普通ではない。まるで、大根役者の様な怯え方である。そこまで大袈裟はどうなんだ、あんたたち。
お通が慌てて、彼女らに見せた物はマリア像だ。自分の母が彫ったかも知れないマリア像である。
それを見せたとたん、なぜか大人しくなる女達。いったいそのマリア像にどんな力があると言うのだろう。まるで、猫にマタタビ、犬に骨である。大人しくなる物か?それ。

お通は、もしかしたらという思いで、マリア像を手だてに母の手掛かりを聞いてみた。はっきりしたことは言えないが、それらしき人を知っていると言う。
お通はわずかながら一条の光明が刺した気持ちだったに違いない。

武蔵の村は、権之助が来てから、更に活況を増した。そして皆、和気あいあいである。ほんとに平和な村である。

そこへ突然、そんな雰囲気をぶち壊す、息も絶え絶えやって来た女がいた。
「宮本武蔵はどこだー!」
お甲である。
何とも騒がしい女である。
武蔵が何事かと慌てて駆け寄り、聞くところによると、又八が幸村の手の元に捕らえられたと言うのだ。
「様子を見に行く」と武蔵。中之進がそれを止める。
武蔵が危うくなると言うことは、村が危うくなると言うことなのだから、安易な行動はしてはならないと言うのだ。
しかしその本意は違う。武蔵が行けば、事態がややこしくなること受け合いだからだ。
しかし、武蔵の決心は堅い。
お通が武蔵にそっと刀を手渡す。いままで封印してきた刀である。
権之助に留守を頼む武蔵。三之助をお供とし、出発した。

現地に到着するや否や、早速、三之助が様子を見に行った。まったくもって頼りになるガキと言えよう。生意気だけど。
又八のいる場所が分かったと、戻って来た三之助。監視の目を避けながら行く二人。
目の前には塀が。武蔵はそこをよじ登る。塀を登り切り、目の前を見ると、そこには鉄砲を構え立っている真田幸村がいた。
武蔵は自分の名を告げる。幸村にも武蔵の名は既知のものだった。
「商人を助けに来たとは、商人に成り下がったか」と幸村が言えば、「又八はただの友人だ。命を救いたいだけだ。」と武蔵が返す。
「命を掛けてまでなぜ助けに来る」
「友だからだ」
「ただそれだけで来たのか、そんなことは信じられん」
幸村には友情だけで命を張ることがとても信じられないのである。
そこで幸村は、武蔵に無理難題を投げ掛けた。
「それが本当なら、そこから跳んでみよ」
言って置くが「飛んでみよ」ではない。
そんなことしたら別の問題が起きてしまうじゃないか。
。 スーパーマン登場となってしまうのである。確かに武蔵は超人かも知れないが、基本的にただの人間である。
あくまでも「跳んでみよ」である。

なにしろそこはいま上がってきた塀である。下を見ると、幾本もの鋭い竹の矢が上を向いて牙を光らせている。
もし、この上に跳び降りたとしたら、いったいどうなることだろう。
きっと、痛いことこのうえないのである。
しかしながら、跳んで、痛い思いをしたところで、なぜそれが友情の明かしになるんだ。
万が一間違って、死んでもしたら、友情もへったくれもないじゃないか。そうなれば、助けるどころの話ではない。
そう言う観点から言えば、少なくとも約束はせねばならぬだろう。跳べば、又八を返してくれ、と。
そんなことを考えもせず、武蔵は意を決し、跳び降りた。
しかも、わざわざ竹の矢のある真っ直中を跳び降りたのである。
もうちょっと要領を考えよ、と言いたい。

それにしても痛そうである。
痛いことを考えるのは厭だなあ。

byクムラ〜



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