■武蔵を語る■
【第38回 対決!巌流島】 いよいよこの物語のメインイベント、巌流島の決闘である。 今回くらいは、おちゃらけることなく、厳かにいきたい。 無理だけど。 相変わらず、櫂を削る武蔵。すっかり櫂削りがお気に入りのようだ。しかし、櫂削り職人など聞いたこともなく、この先、それが職業として、また芸術として受け入れてもらえるかどうかは分からない。何を言ってるんだ、オレは。櫂を削る目的はそんなことではない。これから小次郎と戦うのだ。櫂はそのための武器なのだ。小次郎の剣、物干し竿に対抗すべく、木刀を作っているのである。 しかし、なぜ木刀なのか? 真剣対木剣。一見すると、有利なのは真剣であることは言うまでもない。その違いは、太刀ゆきの速さにある。真剣の速さは木剣と比べるまでもなく早いのである。しかし、いま相手は小次郎であり、物干し竿である。普通に戦っていたのでは苦戦は間違いないだろう。そこで武蔵は考えた。必要なのは長さ。物干し竿に匹敵する長さが必要であると。 そこで櫂の木刀である。長さは四尺ちょっと。全長は物干し竿とほぼ同じである。これならなんとかなるかも知れない。そう武蔵は考えたのだ。 行方不明の武蔵から書評が来たと、喜び、忠興に届ける児島備前。なにしろホッとしたことだろう。一時は切腹まで考えたに違いない。 一方、忠利は困惑していた。勝った方を切ると言う話を角兵衛から聞いたからだ。やめさせると忠利は言うが、時すでに遅し、この対決は世間に知られ過ぎている。いまさらやめることなど許されないのだ。 小次郎はお篠と会っていた。お篠に言う。舟島近くの彦島へ行けと、そこで待っていてくれと。 小次郎は対決の場、舟島へと出発した。 武蔵は櫂で作った木刀を最終チェックである。 そして、船頭に、汐の流れが変わったら出発するので知らせて欲しいと頼む。しかし、「流れが変わってからでは試合の時間には到底間に合わない」と宿の主人からの忠告。それを聞いた武蔵は冷静に言う。「汐の流れが変わらないと船は進まない、仕方なかろう」と。 最初からそんなことは重々承知なのである。武蔵は最初から汐の流れを調べていたのである。これも作戦のうちなのだ。 舟島では皆苛ついていた。まったくもって武蔵が姿を現さないからである。そうこうしているうち、武蔵が逃亡したと騒ぎ始めるものも出始めた。 そんな状況の中、小次郎は床几に腰掛け、目を閉じたまま言う。 「武蔵は必ず来る」 そしてひたすらじっと待つ小次郎なのだった。 そろそろ武蔵は船に乗った頃だろう。 そう思いきや、武蔵はこのごに及んで墨を刷っている。 何をやってるんだ武蔵。これから対決だと言うときに、墨など刷ってどうするんだ。まさかそれをも使おうと考えているのではあるまいな。 墨を武器にする。 だったら、ぶっかけるのだろう。そんなものぶっかけたら、どのようなことになるか分かっているのか。 真っ黒になってしまう。 しかし、真っ黒にしたところでなんだと言うんだ。さっぱり意味が分からないのである。いらぬ心配をしてしまいました。 武蔵は墨で絵を描き始めた。 もし小次郎がこれを見たら、どう思うだろう。 「うまい!」と絶賛するだろうか。 しかし、いまそれどころではないのである。なにしろ生きるか死ぬかの決闘の直前なのである。だからこそ、武蔵は変なのだ。これが武蔵の常人離れしたところなのだ。 武蔵の元へ、そろそろ引き潮だと船頭から連絡が来る。いよいよである。覚悟を決める武蔵。 「まいる」と一言いい、船に乗り込んだ。 武蔵を乗せ舟島へ向かう船。武蔵は船頭に言う。「人目の付かないところに船を付けておいてくれ、戦いが済んだら彦島に渡る」と。そして「その後、戻らなかったらそのまま行って良い」と。 彦島には、お篠がいるはずである。その場に行くのは果たして武蔵なのか、はたまた小次郎なのか。 武蔵である。 はっきり言っちゃってどうする。 船が来たぞーっと舟島で声があがる。 小次郎はすっくと立ち上がり、柄杓の水を一口飲んだ。 「しかと見ておけ」と備前は三之助に言う。 「はい!」 いい返事だ。 船から飛び降りる武蔵。 「武蔵、待ちかねたぞ」と小次郎。そして、武蔵が持っている櫂の木刀を見て言った。 「そんなものでおれに勝てると思うのか」 さっと、刀のさやを投げ捨てる小次郎。 それを見て武蔵は言う。かの有名なセリフである。 「小次郎負けたり」 「勝つ身であれば、なんでさやを投げ捨てるのか」 これもまた武蔵の心理作戦なのだ。 だってそうだろう。さやを捨てたと言っても、ゴミ箱にポイした分けではない。また拾って刀を収めれば良いだけの話じゃないか。 それでもこう言った状況下では、こんな心理作戦も有効なのだろう。 それに対し、小次郎は言う。 「そなたに勝てばこの刀は無用」 そして、対決が始まった。現代においては、ゴングが鳴ったとでも言うべきか。 「カ〜ン!」 ゴングと同時に浜辺を並行して走る二人。そして立ち止まりにらみ合う両者。 小次郎の上段の構えに対し、横に構える武蔵。 と、突然、小次郎の物干し竿が武蔵の脳天めがけて飛んできた。 武蔵の額を締めていた柿色の鉢巻きが切れ飛ぶ。 やられたか… いや、切れたのは鉢巻きだけ。これが武蔵の秘技「間合い5分の見切り」である。 その瞬間、跳躍する武蔵。櫂の木剣が同時に上がる。 「ぶんっ!」と唸りを上げて木剣が振り下ろされた。 どっちだ! しばしの沈黙… 小次郎の眉間から血が流れる。そして仰向けにもんどり倒れる小次郎。 勝負は一瞬だった。 小次郎の口から低く、そして力強い言葉が漏れる。 「見事だ武蔵…行け!」 「おさらば…」 武蔵はひとこと言い、さっと、待たせてあった船に乗り込んだ。 額から血を流し、そして空を見上げたままの小次郎。太陽がまぶしい。 脳裏には幼い頃の厳しい稽古が走馬燈の様に思い出される。 こうして小次郎は逝った。 武蔵は彦島へ上陸した。そこには小次郎を待つお篠が。 顔を合わせたが、ばつが悪そうに身を返し行ってしまう武蔵。 彦島に帰ってきたのは武蔵。小次郎ではなかった。 呆然とするお篠。 「小次郎様…」ひとこと呟いたまま海を見つめるばかりなのだった。 お篠、おまえはこのあとどうなってしまうのか。 なぜか気になってしまうのであった。 島で待ち受けていた連中に襲われる武蔵。 「どけ!」と分けなく連中を切り捨てる。 いまはただお通に会いたいだけ。頭の中はお通でいっぱいである。 巌流島の決闘が終わった。原作はこれがラストである。 しかし、ドラマはなおも続くのだった。 byクムラ〜 |