■武蔵を語る■
【第36回 武蔵と小次郎】 豊前小倉に到着の武蔵。さっそく児島備前と共に忠興の屋敷へ。 約束通り、忠興の元へ仕える旨の報告である。 「私に何ができるでしょう」と武蔵。 武蔵への期待はただひとつである。その期待はかなり大きい。しかし、けっしてお土産を期待している分けではない。そんな忠興はいやなのである。 武蔵の問いに対し忠興は「強さを見せてくれ」と単刀直入に返答する。 そして、さっそく立ち会いの場が設けられる。 相手は、片山幽鬼と言う武芸者である。身なりは何ともみすぼらしい。しかし何か凄みがある。 「この男は何者だ?」 武蔵は心の内で囁いた。 すると、武芸者は武蔵の心を見すかしたかの様にひとこと言った。 「俺は鬼だ」 それに対し武蔵はこう呟いた。 「俺は何者だ?」 何者だ、ってあんた。初対面の相手に自分のことを聞いてどうする。 そんなの分かるわけないじゃないか。 しかし驚いたことに、分かっちゃったらしい。 その返答はこれだ。 「おまえも鬼だ」 武蔵も鬼に決定である。 となると、これは鬼どうしの対決であり、そうなるともう相手の心はお見通しであろう。 「だったら何も考える必要はない」と武蔵。 なにしろ何も考えないのだ。 だからと言って、バカになれ、と言うのではない。いきなりバカになっても見なさい。「ここはどこ? 僕はだれ?」では、対決どころの話ではなくなってしまうだろう。 したがって、ちょっとくらいは考えなくてはいけないのだ。 そんなことを言っている間に、武蔵の木刀が相手の脳天へ直撃した。 まさに問答無用である。 「読んだのか?」そう一言呟いてもんどり倒れる幽鬼。 ただただ「見事」と感心するしかない忠興なのだった。 その噂を聞いた忠利は、武蔵が名を上げる前に小次郎と戦わせようと画策する。 しかしながらこの頃、徳川家康は剣術による果たし合いを禁ずる旨の申し送りをしていた。だが是が非とも戦わせねばならない。 したがって、人目の付きにくい場所での決闘を模索していたのである。 こうして、細川忠利と忠興の家督争いに利用される二人なのであった。 又八と朱美は願掛けである。無事を祈る願掛けだ。いよいよ又八は船の出航なのである。船で酒を運び江戸で売るのだ。木材で失敗したいま、後がない又八である。なんとかこれを成功させなくてはならない。 そして、船は出た。 児島備前は武蔵に問う。 「小次郎を知っているか」 「二度ほど会った」 「どう感じた」 「尋常ならざる武芸者だ」 角兵衛がこれと同じような事を小次郎に聞いていた。 小次郎からの返事もまた同じであった。 そして最後に言う 「勝てるか、小次郎」 しかし、小次郎から返事がない。 自信がないのだろうか、それとも二人の数奇な運命に思いを馳せているのだろうか。 もしかしたら、今日の晩飯に思いを馳せているのかも知れない。 だったら、よほど剛胆な神経の持ち主と言えよう。 海岸で散歩をしていたら、稽古をする小次郎にばったり出くわす武蔵。 両者の頭から火花が散る。けっして花火ではない。火花だ。似ているようだが大きな違いである。間違えないで欲しい。 相対するふたり。 「俺は死なぬ」と小次郎。 「俺もだ」と武蔵も答える。 いよいよその日は迫っている。 byクムラ〜 |