■武蔵を語る■
【第28回 つかのまの愛】 武蔵がお通と共に読み書き指南所を初めてから数カ月がたった。 二人で手を合わせ働くその姿は、まるで夫婦と言っても過言ではない。そんな二人の平穏で充実した日々。それを、けっして手放したくないと二人は思った。しかし、そう長くは続かないのである。 このまま平穏なまま終わってもみなさい。 めでたし、めでたしで終わってしまうじゃないか。 まだ半分過ぎたばかりなので、それでは困るのである。 柳生宗矩の元へ兵庫之助が訪問した。 石舟斎の容態があまり良くないと言う。 そして、自分が新陰流を次ぐことになった旨を宗矩に報告した。 更に、厳しい顔で兵庫之助は言った。 本来は宗矩殿が次ぐべきものではないか、と。 宗矩は言う。 「俺はもっと大きなものを手に入れる」 大きなものである。 大きなものと言って思いつくものと言えば、マンモス、シロナガスクジラ、身近なものでは、ビッグマックなどあるが、とてもそんなものを宗矩が欲しがるとは思えない。 当たり前だけど。 ほんとに欲しいものは、地位と権力にほかならないのである。 武蔵は柳生家から招待を受けた。行くと、そこには胤瞬がいるではないか。 胤瞬と言えば、槍の宝蔵院二代目、胤瞬である。 過去に武蔵と戦っており、敗れている。 胤瞬はもう一度武蔵に挑戦したいがために、この場を作ってもらったという。 そして、徳川秀忠、柳生宗矩と兵庫之助の立ち会いのもと、再び二人は戦った。 槍の胤瞬に対し、武蔵は木刀の二刀流である。 緊迫の立ち会い。 しばし、一進一退の攻防が続いたが、勝負は一瞬にして決まった。 胤瞬の槍を受け流し、はたき落として踏みつける武蔵。 「見事」と兵庫之助が唸る。 去ろうとした武蔵に徳川秀忠が声を掛ける。 「柳生家に身を寄せろ」 それに対し、武蔵はこう返答した。 「剣を教えることができません、剣を教える言葉がありません、わたしは剣の道ではなく、修羅の道を歩んで来ました。人を教えることはできません」と。 まさにその通りなのである。 武蔵の剣は確かに天下無双である。しかし、それはあくまでも武蔵だから可能であるのであって、他に真似をしようにもできない芸当なのである。 仮に武蔵が後世に、その技術を伝えようと技術書を書いたところで、結局、武蔵の技を習得することは到底無理な話なのである。 武蔵の技術を駆使できるのは、武蔵ひとりだからである。 言葉とか、形で表現するのが不可能な技術。それが、武蔵の剣術なのである。 したがって、武蔵は指導者とか先生には向かないタイプと言えるだろう。 柳生石舟斎の容態が悪い。 その噂を聞いたお通は、兵庫之助を尋ねた。 そこにいた宗矩の家臣が言う。お通殿が行って石舟斎の心を晴らすのが一番だと。 そのことを武蔵に相談するお通。 俺は行けない、お通がひとりで行けと武蔵は言う。武蔵が行かないのなら私も行きませんとお通。 たかだか、お見舞いに行くくらいじゃないかと思うかも知れない。しかし、江戸から柳生家のある京都は遠いったらないのである。 又八は、お通を一人で柳生へ行かすなと忠告する。お通もまた、私は武蔵といる、と言う。しかし、武蔵は行けと言うのだ。私をひとりで行かせたいの、と叫ぶお通。そんな大袈裟なことではないと、武蔵。 しかし、困ったことに大袈裟なことになってしまうのだ。 結局、柳生家の石舟斎の元へと行くことになるお通。 武蔵はお通を送り出す際、石舟斎殿に伝えて欲しいと、次のことを頼んだ。 「一乗寺で鳥の声を聞きました」と。 なんだよ、鳥って… ここで注意しなくてならないのは、あくまでも鳥だと言うことである。 カエルのケロケロでも牛のモウモウでもいけない。あくまでも鳥である。 鳥の声を聞いてどうした、と思われるかも知れない。そんなことは、ここでいちいち説明してる暇はない。過去LOGを捜して下さい。 そしてまた、武蔵とお通は離ればなれになってしまったのだった。 byクムラ〜 |