■武蔵を語る■


【第23回 夫の仇!】

武蔵の手により、未亡人となった梅軒の妻、かつと共にかつの故郷へ向かう武蔵。
子供をおぶって武蔵の後を歩くかつは、チャンスを伺っている。
なにしろ、武蔵は夫の仇である。チャンスがあれば、武蔵を殺ろうと狙っているのだ。
ふと気付くと、後ろでブンブン鎖鎌を振り回している、かつ。
そんな女の姿を見れば、誰しも言うのではないか。
「危ない危ない!そんなもの振り回したら…」
しかし、きっと聞く耳など持たないだろう。そこにいるのは夫の仇だからだ。

武蔵はそんなかつに向かって言う。
「向かってくれば、おまえも切る」
例え、向かってくるものが、イノシシだろうと、パトリオットミサイルだろうと、切る息込みである。

しかしながら、子供の泣き声がするたびに思いとどまるかつ。
武蔵は武蔵で、どんなことがあっても送り届けると言う。

腑に落ちないのは、わざわざ武蔵が送り届ける必要がどの程度あるのだろうか、と言うことである。
確かに、かつは女である。
鎖鎌を振り回す女になど、誰が近寄るってんだい。
しかし、武蔵が梅軒の死に際に交わした約束である。破る分けにはいかないのだ。

そんなかつも、武蔵と二人で宿を共にし、話を交わしているうちに次第に変わっていった。
武蔵の本望としていることを少しずつ理解していったのだ。

そして、二人は、かつの故郷へ到着する。
「ありがとう」と、かつ。
その言葉は本心から出た言葉である。
すっかり、人が違ってしまっているのだ。

「この下が私の里」
そう言って、かつは実家から、山のものだと言って、山菜を餞別として持ってきた。
いよいよ別れの場面である。
見つめ会う二人。
通常の流れからいくとこの場合、二人が取る行動と言えば、両手を大きく広げ抱き合う、もしくは、人差し指を突き出し、相手のおでこを突っ付いて、「こいつう」なのではないか。
けっして、人差し指を相手の鼻の穴には突っ込まないはずだし、ましてや自分の鼻の穴に突っ込むとなれば、おまえ何やってんだ、と言うことになるだろう。

武蔵に近づくかつ。いよいよである。
すると、かつは思い余ったのか、勢い余ったのか知らないが、いきなり噛み付きました。
武蔵の腕をおもっきり噛んだのだ。
どうやら、噛み付き癖があるらしい。たまにはこういう愛情表現もあるのだろう。
そして、武蔵のもとから去る、かつなのだった。

一方、お通は過酷な長旅ですっかり疲れ果てている。
そんなふらふら状態での旅の途中、いきなり袋を被せられるお通。
文句を言う間もなく連れ去られてしまったのだ。
袋を破り出てくれば、そこは洞窟である。
廻りには大勢の男達。「俺達の仲間になって、ここで暮らせ」と言う。
いきなり、「暮らせ」と言われて、「はい」と言う奴もいないと思うが、なにしろいくら「出してください」と、頼んでもダメである。
お通は絶体絶命のピンチだ。
そこには大勢の男達である。どうしたって逃げようはないだろうし、逃げる気も起きないだろう。
普通ならば、されるがまま、なのではないか。

しかし、お通は違った。
いきなり焚き火の薪を持って、男達に突きつけたのだ。
あまりの突然のことに男達はたじろぐ。
その隙を突いてお通は逃げた。もう、無我夢中である。
それはもう、なんて言いましょうか。
逞しすぎるぞ、お通。

なんとか逃げ切ったお通は山で野宿である。
夜になれば外は寒い。しかし、火を起こそうにも、マッチはおろかライターもない。
当たり前だけど。
しかし、ふと見ると、お通は火を起こしているのである。
木の棒を両方の手のひらで擦り合わせるそのスタイルは俗に言う、原始人スタイルである。
そう、お通は完全に野生化しているのだ。
それは、その身なりからも分かる。すでにお通の衣服はぼろぼろであり、髪の毛もぼさぼさである。それにも増して問題なのは目の焦点が定まっていないことだ。

身も心もボロボロになりながらも「私は死なない」と言い続けるお通。その姿は何かしら凄みを感じるし、山を歩くその姿は、まるで「やまんば」だよ。
子供に声を掛けても逃げられる始末だ。
誰がこんなお通を想像しただろうか。オレも想像しなかったなあ、こんなお通は。

又八はいつしか商人を目指していた。
武蔵が日本一の武芸者なら、自分は日本一の商人になると言うのだ。
水を売って歩く又八。
この時代も水が商売になったらしい。
その時、「水を飲ませてやってくれ」と、行き掛かりの人に頼まれる。
しぶしぶそこへ行くと、又八は驚いた。
そこに倒れていたのは、お通だったからである。
また出たな、偶然のバッタリ。

byクムラ〜



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