■武蔵を語る■
【第49回 武蔵よ永遠に!】 ついに今回が最後である。 短いようで、長い1年だった。 普通逆だけど。 大坂夏の陣の火蓋が切られた。 大方の予想通り、戦況は圧倒的に徳川の有利である。 豊臣家には悲壮感が漂う。 そんな中、なぜか大阪城では演奏会だ。 それがまたいっそう寂しさを募らせる。これじゃまるで、沈没寸前のタイタニックじゃないか。 そんな悲壮感だ。 人間、危機が迫ると奏でたくなるらしい。 だったら、コオロギやキリギリスなんかは、みな危機感で奏でているのかと言うと、そんなことオレは知らない。 そんな中、次々と入る悲報の数々。あの幸村も死んだとのこと。 その幸村から武蔵は宗矩の情報を得ていた。大阪城へ宗矩が自ら乗り込むという噂である。 その通り、宗矩は戦火渦巻く大阪城へと乗り込んできた。 そこへ、武蔵が現れる。 目の前に現れた武蔵を見、まるでそれを予期していたかのように、宗矩は言う。 「俺が憎いか」 「おのれ一人の力で生きてきた自分を伝えたい」と武蔵。 どう伝えたいのかいまいち分からないが、武蔵の必死さは伝わる。 宗矩はおもむろに鎧を脱いだ。 脱いだのはあくまでも鎧だけである。誰もそんな心配しないよ。 「来い、武蔵!」 戦の真っ最中だが、一対一で相対する両雄。 ついに夢の対決の実現である。 なにしろ、武蔵vs柳生である。 サップvs曙どころの騒ぎではないだろう。 これほど美味しいカードはないのではないか。 しかし、観客はいない。いまここにいるのは二人だけだ。 そして、ゴングが鳴るがごとく、ついに両雄が剣を交えた。 しかし、結末は意外なほどあっけなかった。 宗矩がおもむろに刀を捨てたのだ。 言ってみれば、試合放棄である。 いったいどうしたと言うのだ。 これがもし、興行だったらどうなっているだろう。 観客は皆こう言うに違いない。 「金返せ!」 しかし、何度も言うように、いまここにいるのは二人きりである。 「切れ、武蔵!」 宗矩はどかっと地べたに腰をおろし、半ばやけ気味になって言う。 じっと睨むだけの武蔵。 「なぜ切らぬ」 言い捨てる宗矩。 武蔵は自分自身を説得するかのようこう言った。 「己一人で生きてきたものの心はたやすく終わりません。このことをお忘れなきよう」 ひとことそう言って、武蔵はその場を去った。 外を見れば、辺り一帯はおびただしい屍である。 そんな地獄絵巻の様な情勢の中、ひとりで待つ身は、お通である。 大丈夫なのか、お通。 そう思わずにはいられないほど心配な状況である。 そう思ったのもつかの間、案の定ピンチが訪れる。 ずかずかと土足で屋敷へ入り込む男達。 お通は床下へ隠れる。 銃は持ってはいるが使えるのかどうかは分からない。 なにしろ怯えるばかりのお通。 そして、ついに絶体絶命のときが訪れる。 男が床下へ顔を出した。 男とお通の目が合う。 もうだめか… 恐怖におののきながらも、銃を撃つお通。 落ちてくる男。 いつまた次が襲ってくるか分からない。さらにピンチは続く。 このとき、お通の寿命がどれくらい縮んだのかは分からない。しかし、確実に2、3日は縮んだのではないか。 そして更に次の追っ手がひたひたとお通に忍び寄る。 今度こそ、一貫の終わり… ドカッと、落ちてくる男。 間に合った… 駆け付けた武蔵はお通と共に手を取り合い逃げた。 それはもう無我夢中である。 なにしろ、そこいらじゅうから二人に襲いかかる兵達。 そんな中を必死に掻き分けるように疾走する二人。 ついに大阪城に火が放たれる。 それは、豊臣の敗北を意味する。 一つの時代が終わった瞬間である。 焼け落ちる大阪城を見つめる、武蔵とお通。 お通は確信に満ちた声で語らい始めた。 「私たちはこんなに強い絆で結ばれることができた。私は信じていました。武蔵は生きて必ず帰って来てくれると」 武蔵もまた当然のごとく言う。 「俺は何があってもおまえと生き抜いていく」 山を駆ける二人。 あてはない。ただこの場から逃げるのみだ。 夜になり、山の片隅で寄り添いながら眠りにつく二人。 眠れば当然夢を見る。 二人が見る夢は、武蔵とお通、そして又八の幼き頃の思い出である。 その思い出は、3人で遊んだ楽しい思い出。 そして、いつも同じ場面だ。 きっと、それが二人に取っての思い出ナンバーワンなのだろう。 大坂では豊臣の残党狩りが始まる。 美濃では又八を亡くし未亡人となった朱美と母のお甲が武蔵とお通の無事を祈る。朱美の手にはマリア像が… いつしか戦も終わり、太平の世が訪れる。 いきなり、そこに絵を描く老人がいる。 良く見れば、すっかり老け顔の武蔵であり、それが長い時の流れを感じさせる。 長い時を感じさせたのはそれだけではない。 仏壇には笛が。それが何を意味するかは想像できるだろう。 笛吹き童子の忘れ物。 何を言ってるんだ。 そもそも忘れ物を仏壇にお供えする奴がどこにいるんだ。 それはお通の笛である。 いつ死んだんだよぉ、お通。 いきなり寂しい気分になってしまいました。 数々の戦いの日々を思い出す武蔵。 回想の場面が終わり、ふと現実に戻れば、老いながらも二刀を構える武蔵。 ボケないでくれ。 そう願わずにはいられないのだ。 肥後、霊岩洞にこもる武蔵。 かの五輪書を執筆しているのである。 頭はすっかり白髪の武蔵。 辺りは静かさに覆われている。洞窟なのだから、それもそうなのだが、それにしたって、なんだか孤独だ。ひとりぼっちだ。 そんな寂しさを感じずにはいられないのだ。 ふと、自分の老後までも思ってしまうほどなのだった。 そして、武蔵は五輪書を書き終え、その1週間後、62年の生涯を閉じた。 byクムラ〜 |