鯉のぼりと私

ずと言っていいほど、飛んでいってしまう我が家の鯉のぼり。
オレはいつも田んぼのあぜ道を子供の足で何時間も掛け、歩いて捜し廻った。そしてまた今年も一匹、青の一番大きいのが脱そうした。オレは恒例のように田んぼをさまよい探し回った。
ふと気付くと、迷子になってしまったようだ。まるで樹海に迷い込んだかのように。それほどその当時の実家の廻りの田んぼは広かったのである。
そうこうしている内に夕方になってしまった。子供心にもピンチであることは分かった。右も左も分からない。そしていつのまにか鯉のぼりのことなど忘れてしまった頃、突然目の前に鯉のぼりが情けなく横たわっていた。しかし既にすっかり夜である。きっと親も心配していることだろう。オレはふと親の言葉を思い出した。「道に迷ったらその場から動くな」という教えである。オレは取り合えずその教えに従い、今夜は鯉のぼりに入り、寝て朝を待つことにした。孤独だ、こんなに孤独を感じたことがいままであっただろうかと思うくらい孤独だった。
それでもいつの間にか夜は明け、目も覚め、眠い目をこすりながらふと見ると、一瞬、これは夢か、と我が目を疑った。
目の前で親父が畑仕事をしていたのである。なんのことはない、そこは我が家の見慣れた裏の畑だった。
「ほら、ふざけないで 早く手伝わんか!」と親父は鯉のぼりの中に入っているオレに向かって怒鳴るのだった。

親父は前の晩、 オレが鯉のぼりに入るのを見ていたらしく、 おふくろに、「あのバカ、またふざけてやがる。ほっとけ」と言って怒っていたらしい。